#11

身近な秘境の自然やらクライミングやら音楽やら映画やら諸々を書くと思います。

 クライミングジム通いを中止してすでに半年が過ぎた。体重もばっちり増えた。ギターもクライミングも適当に四捨五入すれば30年生だから、指の関節に問題が生じるのもわからなくはない。指のトラブルは経験の長いクライマーなら少なくないわけだが、私の場合は難度の高いボルダリングは負担が大きすぎてもう無理らしいことを認めざるを得なくなった。
ボルダリングの普及に人生の一時期を捧げた自負があるだけに、これは非常に残念でならない。せめて60歳までは続けたかった。まあそうなってもまた65までとか言い出したと思うが。

 これまでも長いことギターか岩かの二択を迫られていたわけだが、水と食料のどちらかをやめろと言われても、どちらもやめられるわけないわけで。ごまかしごまかし決断を先延ばしして来た結果とうとう来るときが来てしまった感じ?

 クライミングはボルダーがダメでもアイスがあるさ。とばかりに相変わらずなんとかならないかと悪知恵を働かせているわけだが、今回はギターのほうがより深刻で、激痛で押さえられないコードもある。超音波治療で痛みは少し楽になったものの、それでも痛いことには変わりない。以前右手中指の負傷で指弾きを諦めたときをさらに上回る酷い状態で、今度は音程を作る左手なので代替が利かない。

 心情的にはもう藁をつかんでブラブラしている感じのなか、噂で病気(っ言うのかな、ケガではないし)への影響が疑われているカフェインの摂取をやめてほぼ一か月が経った。三週間目ぐらいからはっきり痛みが弱くなったが、これがカフェインレスのおかげなのか、単に急性期を脱しつつあるだけなのかは不明。

 そんな中、知人よりファミレスのジョナサンのドリンクバーにカフェインレスコーヒーがあるという朗報が。さらにコンビニのローソンのコーヒーマシンにカフェインレスコーヒーがあるのもわかった(ちょい割高だが…)。いやあ、ありがたい。

 実は私は結構コーヒー好きだ(った)。酒こそたしなむものの、たばこは子供の頃から吸わず、ギャンブルはゲーセンのガチャポンぐらいで宝くじすら買わない(一枚も当たらなかったときのショックが怖い)。そうした気晴らしの代わりといっては何だがコーヒーはよく飲んでいた。特にコンビニコーヒーが普及してからは、毎日バンバン飲んでたわけで、これが一切なくなり水とデカフェ飲料に変わったわけだ。

 しかしいざデカフェ生活を始めてみると、これが結構気を遣うことが判明。まず出先で飲み物を出していただける場合は高確率でコーヒーだったりするので、飲めないことを説明しないといけないのだがこれが結構大変。

 以前から私を知っている人だと無条件でコーヒーを淹れてしまうため、記憶を上書きしてもらうのがちょっと申し訳ない。一方知らない人の場合でも相手が飲み物を出す前に「コーヒーが飲めない」というと、まるで別の飲み物を催促しているみたいだから、相手をそれとなく観察して「おもてなし動作」をいち早く察知しないといけない(笑)。
 さらに、飲み物を先に選べる場合もメニューにデカフェ飲料がない事のほうが多い。
調べてみるとカフェインはコーヒーのみならず緑茶やウーロン茶など様々な飲み物に入っていて、甘い飲み物は体重問題的にもセーブしたいので、それらを除外すると飲めるものは僅かしか残らない。

 日本でデカフェ生活をするのは、まだまだ結構大変だということが良くわかった次第。ちなみに国内でもインスタントのノンカフェインコーヒーは複数あるが、大まかに97パーセントオフと99パーセントオフのものがあるので注意。その気の人はカフェインを抜く方式がいくつかあるので、その製品がどの方式を採用しているのか先に調べてからが良いと思う。

(※追記;生協でカフェインレス[97パーセント]のレギュラーコーヒーを発見、味はローソンのノンカフェインとほぼ同じ感じ、高いけどしばらく試すつもり)

1月の終わり、ジョン・ウェットンが癌で亡くなった。2ヶ月前にはグレッグ・レイクも同じく癌でこの世を去っている。イギリスのプログレッシブロックを代表するボーカリスト兼ベーシストの二人が相次いで亡くなったことになる。 初めはたぶん中学生の頃だから、二人ともおそらく私が一番長い時間、その声を聞いてきたボーカリストだと思う。


Gleg Lake(King Crimson)


John Wetton(King Crimson)

二人は奇しくも同じバンド、キングクリムゾンのボーカリストとして世界的な名声を得た。グレッグはメジャーデビュー初期のボーカリスト。ジョンはグレッグが脱退したのち、再結成時のボーカリスト。面白いことに、そのずっと後にジョンがASIAから脱退した時の助っ人はグレッグだった。マネージメントの都合は大きかったはずだが、それだけプログレッシブロックの世界でボーカリスト兼ベーシストの大物といえば、この二人が筆頭だった。


Greg Lake(EL&P)

グレッグ・レイクはキングクリムゾンの鬼才ギタリスト、ロバート・フリップと同じギター教室でギターを学んだと言われている。バンド初期のボーカルが抜けたときフリップに誘われ、ボーカル兼ギター/ベーシストとしてキングクリムゾンに参加し、ロックの名盤といえば必ず登場する「クリムゾンキングの宮殿」と他一枚を残す。脱退後に結成したエマーソン・レイク・アンド・パーマーはグレッグをさらなる世界的ビッグネームへと押し上げた、バンドアンサンブルでのボーカルとベースに加え、アコースティックギターによる弾き語りの評価が高く、ソロ歌手としても「I Believe In Father Christmas」が英国シングルチャートで2位を記録し、その後も大物ミュージシャンがこの曲をカバーしている。

対するジョン・ウェットンは、何度か再結成を繰り返したKing Crimsonの最初の再結成時に、ロバート・フリップの大学時代のギグ仲間だった縁で加入する。透明と評されたグレッグとは対照的な甘くハスキーな声。そして太く激しいジョンのベースは、よりハードな路線に傾倒したクリムゾンにベストマッチで、「太陽と戦慄」「RED」などの名盤を残した。ジョンはそのボーカルと同様、ベースプレイの評価が高く、ベーシストとしてもロキシーミュージックやユーライアヒープ等のバンドを渡り歩いた。音は基本的にイギリスのロックベーシストらしい箱鳴りの強いゴリゴリとした野太い音だが、バンドのカラーや曲調によってピックと指弾き、歪み具合を使い分ける他のプログレベーシストにはあまり見られない繊細さもあった。

さらにいえば、日本人同様リズムがイマイチと言われがちな当時のイギリス人ミュージシャンの中で、安定したリズムを作れる珍しい存在でもあり、前期UKやハウ期のASIAのようにギタリストがパワーコードのリフをまったく弾かないバンドや、後期UKのようにそもそもギタリストがいないバンドでは、ジョンの歪んだベースがリズムギターばりの役割も担っていた。


John Wetton(UK)

Yesのクリス・スクワイア、EL&Pのキース・エマーソン、そして同じくEL&Pのグレッグ・レイクが亡くなり、今回のジョン。この一年でプログレッシブロック黄金期メジャーバンドのメンバーが立て続けに亡くなってしまった。

60年代終盤から70年代前半にかけて大ブームとなったプログレッシブロックは、70年代中頃を越えると急速に衰退していく、ときにオーケストラと共演したり、どんどん曲が長く難解になっていくアカデミックな匂いが鼻についた人も多かったのか、並のアマチュアバンドではコピー演奏ができない。曲が長すぎてラジオ番組でかけにくい。という普及面での困った問題もあり、近い時期に活躍したレッド・ツェッペリンやディープ・パープルのハードロック勢のようなわかりやすさにも欠けていたプログレ勢は、パンクミュージックやエレクトリック・ポップをはじめとする演奏技術に頼らないニュー・ウェーブ勢の台頭とともに低迷期に入る。

しかし80年代に入ると、かつてのプログレミュージシャンたちの逆襲が始まる。70年代のテクニカルで重厚壮大な音楽から、高い音楽性を失わないまま、ハードロックやヘビーメタルよりさらに聴きやすいポップミュージックへの転換。その中でも大きな成功を収めたのが再結成したYesとあのASIAだ。


John Wetton(ASIA)

スティーブ・ハウ(元Yes)、カール・パーマー(元EL&P)、ジョン・ウェットン(元キングクリムゾン)、ジェフリー・ダウンズ(元Yes/バグルス) プログレ黄金期(ジェフだけちょっと世代がずれているが、音楽的にはそれが功を奏した)の大物バンドのメンバーが集まったスーパーバンドという触れ込みで発売されたアルバムは見事に世界中で大ヒットした。
これは、その15年以上も後に製作されたアメリカの悪趣味コメディアニメ「South Park」の中で、ジャイアン風味の悪ガキ”カートマン”が突然「Heat Of The Moment」を歌い出すことからも、どれだけヒットしたかを想像できるだろう。

83年12月、ASIAの初来日公演は日本武道館から全米に向けてテレビとラジオで生中継という、前代未聞の大事として企画された。日本側の放送は公演の間、国際衛星回線を他に使えなくなることで緊急の報道などへの影響があるとかで、キー局ではなくたしかTVKが担当した。このとき武道館の客席に私もいた。

福島県の田舎でジョンが抜けてグレッグが来ると新聞で見たときには、そりゃびっくらこいたもんだった。オリジナルバンドで聞きたいのは当然として、グレッグも大ファンであるEL&Pのボーカリストだったから、それはそれで嬉しいし、どう反応したものか困惑したのを覚えている。当時は一大イベント前の突然のメンバーチェンジで、バンドはいち早く来日し公演まで三週間程にも及ぶ合宿リハーサルを行った、しかしグレッグは本番までに歌詞を憶えきれず、喉の調子も今ひとつで、足元のプロンプターで歌詞を見ながらの少しぎこちない演奏だったが、孤高のギター仙人、スティーブ・ハウ師匠を含め、ヒーローたちを前にした感動は大きかった。(ちなみにTV放送では「The Heat Goes On」がオープニングになっているが、実際は2曲目で、本当のオープニングは「Time Again」だった。)

グレックの歌はあの時と再結成EL&Pの公演で聴けたが、思えば中学の頃からあれほど長く親しんだジョンの生歌は結局聴けなかった。その声にあまりに長く親しみすぎて、いつも当たり前に存在する人のような気がしていたのかもしれない。今考えればまだ機会はあるだろうと、なんとなくたかをくくっていた部分があるような気もする。
「会いたい人には会える時に会っておかないと後悔する。」というのは学生時代に写真家木原和人氏が亡くなったとき、先に行われた作品展に意地を張って行かなかったことを後悔して思ったことで、実際その後はかなり実践してきたのだが、どうやら私はまた一つ後悔を残してしまったようだ。 ちなみにその合同展のメンバーだったU野さんとは、数年前に偶然共通の知人のパーティーでお会いして隣で酒を飲んだ、U野さんはすでにバッチリ出来上がっていて覚えていないと思いますが^^;)。 自分でチャンスを潰して永遠に会えなくなることもあれば、たまたま偶然に会えることもある。長く生きていると巡り合わせがいろいろあるものだが、会いたい人にはやはり会えるときに会っておくほうがいい。

当たり前の話なのだが、どんなスターでも、どんなに才能豊かでも、人生は有限なのだと、あたらめて実感した。
R.I.P.


(曲はおそらく有名なジャズスタンダード”How High The Moon”)

肉

豪州牛の赤身でもこれだけ油が出てくる。ちなみに内臓ストロボ光をアルミホイルで曲げて壁バンしただけ。もう少しでグロになるギリギリのシズル感?

お久しぶりでござんす。夏場いわき市に行ってきたり、先日は相変わらず足尾に入ったりとそこそこ書けることはあるのですが、まとめるのが大変なのでそのうちに…。
で本日のお題。昨今クライマーといえば、世代によって頭に思い浮かぶイメージがずいぶん違うはず。たぶん60代後半~70代くらいの人は小太りで髭面の小さなオッさんとかを想像するかもしれませんが、いまの優秀なクライマーは、みんな吹けば飛びそうなぐらいヒョロヒョロに痩せている。

筋骨隆々に見えても、良く見れば筋肉が付いているのはほぼ肩と背中だけで、女子の場合はかなり筋肉がついてみえるけど、それも基本的には肩と背面中心。

最近はフリークライマーに限らず、アルパインクライマー(山の壁を登るいわゆる”登山家”)もトップクラスはフリーでも高レベルだから、同じく痩せている。人工壁を登ろうが、山の壁を登ろうが、それこそ歩く山だろうが、登るという行為は常に重力に逆らうんだから、体が軽いほうが有利なのは当たり前なのであります。

ついでに言うと、アルパインクライマーの中でもヒマラヤなどの高所が舞台の高所クライマーも、あるだけで酸素を無駄に消費する肉は少ないほうが有利として、遠征前は激しいクライミングをやめて筋肉を落とす人もいる。
「寒いんだから脂肪が多いほうが…」と考えるのは、昨今のスピードイコール安全の運動量の多い速攻登山に限っては間違いで、脂肪は余計な重りと考えるのが普通。運動の燃料に脂肪をつけるマラソンランナーがいないのと似たような感じか。

そういうわけで、現役のクライマーたちは日々体重維持や減量に涙ぐましい努力をしてるのである。ワールドカップ優勝でおなじみ、世界的コンペクライマーの安間佐千氏、過去日本人最強のアルパインクライマー山野井泰史氏、両氏ともベスト体重はたしか50kg台だったはずだ。

元祖世界最強日本人フリークライマー平山ユージ氏は、例外的に体重が重い事で知られたが、それでも一番重かった頃で70kg程度だったと思う。私個人は、高レベルを狙うクライマーは、身長が何mあろうと体重は60kg台までがベストだろうと考えてる。クライマーにとって体重が重くて良い事はまったくない。万年70kg台だった私はずっと故障に泣かされた。

そういえばもう10数年以上前の話になるが、今やベテランのトップフリークライマーW氏がまだ高校生だった頃、当時各牛丼チェーンから次々に登場していた豚丼が結構うまいという話を取材の合間にしたら、彼は開口一番こう言った。

「それ、脂ありますか?」

食いたい盛りの男子高校生でもこれである。フリークライマーにとって肉と言えば、味どうの以前に脂が少ないかどうかの方が、はるかに気になるのである。

そこからさらに昔に遡ることかなり前、まだ自然の岩でコンペを行っていた頃、選手の宿舎になった宿が、「スポーツマンなら肉が好きだろう」と考えたのか、気を利かせて肉メインの料理を出したところみんな残した。なんて逸話もあった。
当時の世間一般の常識と、フリークライマーの常識があまりにもかけ離れていたが故の事故だった。ちなみに最近は炭水化物の摂取をコントロールしつつ(本番前とトレーニング期では摂り方が違う)、肉類をガッツリ食べる人も結構いるから、当時みたいに極端なことにはならないと思う。

そうは言っても、減量期など無駄な油の使用を減らしたい時はやっぱりある。そんなクライマーの端くれの端っこからすでに転げ落ちてしまったオジさんである私が、同じく減量に悩む世間の皆さんに、オレ流の「油を使わない”肉と野菜の炒め物”」の調理法を伝授しちゃるべ。(まあなんと長い前フリだ。)

まずは当然、焦げ付かない加工のフライパン、そして必ず蓋を用意。ガラスで中が見える蓋ならベスト。薄い肉をフライパンにそこそこ丁寧に敷き、火は可能なかぎりの弱火、←これ重要。そして蓋をして待つ。とにかく待つ。じっと待つ。すると、もともと肉の中にある脂が熱で溶けて油として滲み出てくる。普通、肉ならばよほどの赤身でもこうすると油が出てくるものだ、これが普通の火加減だったら焦げ付いてしまうだろう。

後は肉厚と出てきた油の量に応じて火加減を調節しながら焼き、熱を回すために蓋をして火が通るのを待つ。すき焼き用の薄切り肉であればさして時間はかからないし、肉が硬くなるとか縮むとかもあまり気にしなくていい。てか細かいことは気にするな、デブるのとどっちがマシだ、よく噛みゃいいじゃないか(笑)。

そして火が通ったら野菜を投入。しつこいようだが肉が硬くなるのがどうしても嫌なら、火が通ったところで脇にあげておくのだ。野菜を炒める火かげんは、肉から出てきた油の量次第だが、焦げ付きそうに見えたら少し塩を振る。わずかな塩をふるだけで、浸透圧で野菜から水分が出て、焦げ付かないで火が通る。事実上の蒸し焼きだから当然はじめは蓋をしよう。水が多すぎると本当の蒸し焼きになって、炒め物のパリパリ感が完全に無くなってしまうから、もし野菜から水が出すぎたら捨てるか蓋を開けて飛ばしてしまう。可能であれば後半は少し火を強めにするといい感じに仕上がることが多い。

ちなみに、私はやらないが塩の代わりに実は砂糖でもいいらしい、どちらにしても、量は後の味付けを考慮して決めるといい。

以前は私も、少量の水を足して半ば蒸し焼きにしていたのだが、パリパリ感がなくなるのが嫌で、水を減らす方策はないか?と考えてたら、好物のすき焼きを作るときに、野菜から大量の水が出てきて割下が薄くなって困ったことを思い出して、この方法に行き着いた。世の中何が役に立つか本当にわからないものだぴょんでござるだっぺ。

ストラップ1

他にやってる人がいるかは知りませんが、この結び方は知識として紹介しておきましょう。バックルが割れたり無くしたときにも使えるでしょう。緩んだりすっぽ抜けないように結ぶにはそれなりに慣れが必要で、推奨はしませんが、もしやりたい方はくれぐれも自己責任で、これでカメラを落としても私は一切関知しませんのでそのへんよろしく。

簡単に言えば、テープ結び(リングベンド)で、カメラの吊り環に直接テープを結んでしまう。テープがしっかり結べる素材で、結び目の緩みをチェックする習慣さえつければ固定は強力。ただし長さは調節できないが、これはネット界隈で俗に言われる三重折の「プロ結び」と同様。

テープ結びは平たいテープ同士を連結するときに使う結び方で、クライミングでは主に一本のクライミング用テープの両端を結んでテープスリングと呼ばれる輪を作る時に使われる。昨今はソウンスリング(テープをミシンで縫って連結した輪)が主流なので、若いスポーツクライマーにはこの結び方を知らない人もたまに存在するが、山ではダブルフィッシャーマンズノットやプルージックなどと同様に、知っていないとまずい基本的な結び方の一つと言える。

この結び方は表面に十分な摩擦力がある素材でできたテープで使えるが、一応注意だけしておくと、ダイニーマ(スペクトラ繊維)のように使ってはいけない素材も存在する。メリットは結び方が非常にシンプルで、カメラをバッグに仕舞ったときに、硬いバックルがカメラやレンズを擦ることが無い。バックルの破断を心配する必要がまったく無い。ベストの状態であれば固定が非常に強固なことなど。

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この二本のテープを一つのリングベンドで結ぶことで連結してしまう。カメラ側のテープが痛んだら、そちらだけ交換できる。

おまけでもう一つ応用編。

二本の別々のテープを一つの結び目で連結した結び方。キヤノンのEOSのように吊り金具の折り返し部分でストラップのテープが痛みやすいカメラの場合、この結び方だとカメラ側のテープが痛んできたら、そのテープだけを交換できる。

テープは強く結べばそれだけでそれなりに痛むからどちらにしろ寿命はあるのだが、ストラップのテープを直接結ぶよりは長く使えるような気がする。

 

 

これが出来上がり。

これが出来上がり。

デメリットとしては、三本のテープを結ぶので、結び目が大きくなることがあげられる。他にも少しでも緩んでいると解けやすいはずなので、最初に結び目を入念にしっかりと締めて、その後も使いながら締まり具合を確認したほうが良い。滑りやすいテープでは結べても滑って抜ける可能性がある、硬いテープでは結目がしっかり締まらず抜ける可能性がある。ストラップ側テープを内側に通すのか、外側に通すのかで強度が変わるかもしれない。などなどを正しく理解して使うかどうかを決める必要がある。

 

 

三枚目の写真はそのバリエーションで、カメラの吊り環側、三枚重ねのテープの真ん中に、ストラップ側テープの末端が挟まれてブラブラしない結び方。この結び方は実は結構難しいうえに強度も何とも言えないが、もし人間がぶら下がるならこれは絶対に使わないが、カメラなら使うといった感じだろうか(そもそもカメラ用テープじゃそこまで強く無いわけだが)。もしやるとしてもテープ結び(別名:リングベンド、テープヒッチ、テープノット、ふじ結び、等)を検索して、よく研究したほうがいい。通常のテープ結びでもそうだが、この結び方の末端(端で余ったテープ)は長めにとっておくこと。私はテープ結びでもバックルを使う場合でも、余った末端を熱収縮チューブを使ってまとめている(ただし収縮固定はしない、増し締めができるし)。

ストラップ4

ぶら下げるとこんな感じ。少し腹が出て見えるかもしれないが、食べ過ぎたのは最近続いたストレスのせいなので、ストレスを減らすために寿司を食べたからもう大丈夫だ。

ちなみに、私が近年愛用しているARTISAN&ARTISTの長さが自由に変えられるストラップ(Easy Slider ACAM-E38)は、テープ部分がとても短いので、カメラ直付けではテープ結びができず、二番目に紹介した連結法で結んでいる(もうちょっと長くならんかね、これ)。

もひとつちなみに、私は自分で結んだこの結び方なら、たとえライカであろうとも、ストラップを持ってハンマー投げの要領で振り回せる度胸があるが、普通のバックル式だったら絶対やれない。(あるのは度胸で強度とは言ってないぞ〜)


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