#11

身近な秘境の自然やらクライミングやら音楽やら映画やら諸々を書くと思います。

以前、弦飛びトレーニングとして私がやっていたエクササイズ。
前回、動画のテロップで、手首を浮かせれば「相当理不尽な弦飛びにも対応できる」と書いたので、どんな感じか一応実演。我ながら見事な棒弾きだがトレモロ奏法の名曲「アルハンブラの思い出」のほんのサワリだけ。

これ以上テンポを速くすると今の私ではマシンガンぽくなって、アルハンブラの何だかわからなくなるんでやめた。暇人なら練習で対応可能。ちなみにギターは持運び用の浅胴なのでしょぼい音は勘弁ね。

スチール弦ならロールピッキングが使えるのでだいぶ楽。エレキでディストーションを使うならおそらくブリッジミュートになるので、相当な速弾きも可能だと思うが、たぶんやる意味がない、だってロックにはちょっと暗いしこの曲(笑)。

右手の技術的には、単純なストリングスキッピングの連続で、私は勝手に「ハードディスク奏法」と呼んでいる。速く弾くとHDDのヘッドの動きにそっくりなんで。

トレモロをフラットピッキングでやる場合は、高音弦の3音トレモロをアップピッキングで始めれば、低音弦に合理的に帰ってこられる。無理にテンポを速くすると、うまく弾けたように思えても、後で聴くと3音のトレモロが2音になっていたり、ベース音を2回弾いていたりと粗がわかるので録音するのがオススメ。

一見、簡単そうに見えるが、低音弦をミュートしないままで、ミスピッキングなしでトレモロをしっかりと弾くのは案外難しい。

もともと一曲通すとしたら相当根を詰めて練習しないといけないうえに、指弾きと違って低音もトレモロも一枚のピックでやるため、「トレモロを強くするとベースも強く、弦を素早く飛ばそうとすると、音が硬くてパキパキに…」という棒弾き状態になりがちで、感情表現がとっても困難。フラットピッキングでセゴビアやイエペス並のスピードで弾くのはまず無理と考えたほうがよさそう。

あげくこれ以上先まで弾くと、だんだん「ああ、俺の人生って何だったんだろう…」的なモードに入るので神経が繊細な私には辛い(笑)。 クラシックの人はよく平気だよね、短いけど終盤の希望に達する前に、すっかり気持ちがド〜ンと落ちる(笑)。



上があまりにヨタヨタなので、オマケを追加。コード譜すら見ずに目をつぶって音だけでアドリブする私が、何を考えて弾いているのかがわかります、わかってどうする(笑)。

個人的に、ナイロン弦のフラットピッキングはスチール弦のものとは技術的に別物と考えている。

ナイロン弦はスチール弦よりテンションが弱く、一度ハジいたあと、まだ弦が大きく振動しているうちは再びピックで正確に捉えることが難しい。常に一方向から高速で振り抜くクラシックのアポヤンドやフラメンコのピカードのような指弾きであれば、この点はクリアできるのだが、ナイロン弦の速弾きを往復運動のフラットピッキングでする一番手っ取り早い方法は、弱く弾いて弦の振幅を小さく、弦離れを良くすることだ。

今の一般的なエレキギタリストが、たまにナイロン弦のいわゆるエレガットを弾くときは、多くの人はこのやり方でやっているように見える。エレガットであれば生音の小ささはあまり問題にならない。

だがそれでは、速く弾けば音が弱く、強く弾けばスピードが遅くなる。そして鋭くハリのある音は出ない。

弦の上をかするだけでもそれなりの音が出るスチール弦と違い、ナイロン弦ではピックの先端を弦の下に深く突っ込んでしっかりハジかないと、ボリュームとアタックのある良い音にはならない。しかしそうすると弦の抵抗が大きく振幅も大きいから、速く弾くことは難しくなる。

エレキではよくある、弦にピックを斜め急角度に当てて親指の回転でコジるタイプのピッキングも、ナイロン弦ではピックと弦の樹脂同士がこすれる音がキュルキュルと鳴り、音が良くないし音量も出ない。

そもそも、なぜ私がナイロン弦で速く弾きたいのか?といえば、明確な意図があって、それがパッション(情熱/激情)の表現に適しているから。私にとってはそれがエレキでも生ギターでも情熱の無い速弾きは無意味だ。情熱に溢れたフラメンコギターのピカードと闘える速くても強く鋭い生音を、フラットピッキングで得るにはどうすればいいのか? 当時私の知る範囲でこの点の参考にできるギタリストは、やはり最高峰John McLaughlinだった。しかし私は弦飛びにもこだわっていたので、御大と同じスタイルでは、極東アジア人の手の大きさではかなり無理がある。それで結構長いこと試行錯誤を繰り返した。この結果、エレキのように手を真横に痙攣させるのではなく、ピッキングフォームを根本的に変えて、手首を浮かせて回転させて弾く、ナイロン弦専用のスタイルにたどり着いた。

これには少なくとも、一曲全部をフォルテで弾き通せるような、強く持久力のあるピッキングができないといけないから、昨今エレキで流行のピックを軽く持つスタイルではなく、ピックを年末ジャンボの当たりくじだと思って、絶対離さないようにしっかりと持つ必要がある。これで手首を回転させて、各弦でトレモロを練習する。

その昔、Edward Van Halenのハミングバードピッキングにハマった人でもないかぎり(ちなみに昔試した時はうまく出来なかった気がする)、最初はしょっちゅう引っかかるから、手首の角度を変えて、一番難しい5~6弦でできるようになり、さらに思った弦にすぐ飛べるようになるまで練習を繰り返す。同時に弦飛びの激しいアルペジオも練習するといい。(※毎日練習して、たぶん最低2年程度は覚悟したほうがいい、若い人はもうちょい早いかも?)

経験がない人が手首を浮かせると、最初は「これ、本当にできるようになるのかな?」と思うのが普通だと思う。実際最初は私もそうだったが、私の場合は昔のジャズギタリストにフローティングスタイルの人が結構いることを知っていたので、「不可能」とは思わずに済んだのが幸いした、偉大な先人には本当に頭が上がらない。ついでに言えば人と違うことをやりたがる性格も幸いしたと思う(笑)。

この4~5年はナイロン弦ばかり弾いていたので、さすがに飽きてここしばらくエレキを弾いていたら、案の定ナイロン弦のピッキングがすっかり弱くなって、綺麗に音が出ないのにはまいった。

よたよたのデモ演奏の割に能書きが長いのは何が言いたかったのかと言うと、同じギターに見えるけど、弦が違うと楽器も違うものになって、それぞれに向いた弾きかたがあるよ、ということ。


 16年3月中頃。全景を見せようとすると迫力がイマイチ…上流はミックス(雪と岩が混ざっている)部分のほうで、上流を向いて右側、左の突起の向かいに聳えるのが中央岩峰。冬季にアイスクライミングの対象となる滝はまだ少し上流で、ミックス部分の中にあり見えないが、この時期には融けて崩れている。

最近は松木渓谷と呼ばれているようだが、若い頃から「松木沢」と呼んでいたので、そのほうが私にはしっくりとくる。かつては冬のアイスゲレンデとして名高く、夏もトラディショナルな山岳登攀の入門ゲレンデとして、北関東近県のクライマーには良く知られた存在だった。

この渓谷に流れ込む沢の中で、ウメコバ沢は通常クライミング対象になる沢としては最も奥に位置する最も大きな支流だ。沢に入れば両岸に登攀対象になる岩壁と岩稜がドカーンと聳える日本離れした異景なのだが、わずかとはいえ入り口の細い滝の周辺を登攀しないと入れないことから、クライマー以外は特に訪れる人の少ない沢だ。というか、そのクライマーの間でも今の松木はあまり人気があるとは言えないエリアである。

16年2月後半頃のウメコバ沢出合、暖冬で雪も氷も少ない。左右は壁、正面には7m程度の滝があるが、この場を超えないと素直に沢には入れない。この滝は現在フィックスが架かっているものの、岩がとても脆いので私は岩が出ている時はここを登らず、帰りに持参のロープで懸垂下降する。登りは私の左後ろに見える水が落ちている左脇からグルッと巻くのが比較的楽だ。(山岳グレードで3mのチョロい三級→二級のちょい怖いへつり(氷があるとヤバい)→三級+か四級で3m程度のチムニー瞬間芸)

時代の趨勢が山岳登攀からフリークライミングへと移って久しい現在。脆い岩が多く昔懐かし山岳登攀の要素の濃い松木渓谷の岩場を訪れる人はそれほど多くない。しかもン十年前までは一番アプローチの近いジャンダルムのすぐ手前まで車で入れたのだが、今は当時よりも1時間ちかく手前の銅親水公園脇に電波式ゲートができてしまったため、訪れる人は余計に少なくなったようだ。

そんなわけで、マイナーな存在のアルパインクライマーの間でもマイナーな場所なので、ここがどんなところかを自分の目で見た人は相当限られるだろう。
であれば雰囲気だけでもどうぞ…ということで、冒頭にウメコバ沢の全天球写真を公開(たぶん世界初?)。左右の岩場の見えている部分の奥に、尾根に向かってまだまだ岩稜が連なっているのだが、視点が低いのでわからないところが残念。

日本全国津々浦々には、道路脇の小さな岩にすら名前がついていて、それをかなり無理ゲーで観光スポットにしているところがたくさんあるというのに、ここの有り余る岩と特異な風景はクライマーを含めたごく限られた人々にしか知られず、何十年も堂々と…かつひっそりと存在している。

と言っても、ここまでの道のりが弛まない落石と崩落によるガレ場だらけで、年々崩壊が進んでいる状況なのだから、観光用に整備しようとしたら、よほどの大規模工事でもしないとどうにもならないのが実際のところだろう。
しかし主たる観光資源が庚申山周辺と銅山観光にほぼ限られたこの地において、これがこのままなのは、ちょっともったいない気がするのも正直な気持ちではある。(静かなここは好きなんだけど。)

前回の続き、というかおまけ。(12月の話し)

「ほらね、大丈夫だったっしょ」(↑)

翌日の午前の山頂は-10度ほどだった。高床で木造の小屋の中は、前夜結局-7〜8度までしか下がらなかった。はるか昔だが、この山の栃木県側のずっと標高の低い谷底で、-20度近くまで冷えた夜を経験しているので、暖冬とはいえちょっと拍子抜けした。

昨夜、山屋旧世代の伝統に則り、わざわざ担ぎ上げた日本酒と笹かまで小屋呑みをしていると、夜半から静かに雪が降り出した。来る前の情報でも明日の天気は下り坂だった、風はまだない。

降雪で自分のトレールが消されると、湿原内をまたゾンデ歩行(前回参照)しないといけないのが気がかりだった。小屋は湿原を渡りきったところにあるので、下山するためには湿原をもう一度全部横切らないといけない。あれを吹雪の中でもう一度やるのはできれば勘弁してほしい。それだけこの天空の湿原は広い。

何回目かの眠りに落ちるころ、外の風の音がときどき耳に入るようになった。窓を覆う冬囲いのあたりから、定期的に「カタカタ」と音がする。「このまま強くならなければいいが…」と思ったものの、ここではなるようにしかならない。

もし本格的な吹雪になったらどうせ撮影は無理だから、状況が悪くなったときの早出も視野に入れながら、意識が消えるまでの間、一人の静かな時間を楽しんだ。この避難小屋は関係の方々によって綺麗に手入れされているお堂でもあるため、すこぶる快適だ。

朝、小屋のある森の中は、遠くで鳴る風の音を聞かなかったことにすれば、とても静かだった。むくつけき男の高いびきに一晩悩まされたかもしれない弘法大師さまにお礼をし、小屋を掃除して注意書き通り丁寧に冬囲いを戻すと小屋を後にする。

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膝上のラッセル跡が残る森を抜け湿原に出ると、前日の自分のトレールは綺麗に消えていた。ガビ〜ン!

天気は乾いた軽い雪に風が吹いたり弱くなったりを繰り返すような状態だ。予報通りといえばそうだが、崩れるのが予想より半日早い感じか。どちらにしても視界が悪くなるほどの吹雪ではない。

幸い少し進むと、途中の灌木帯が風を遮ったようでそこから前日のトレールが残っていた。前日は積雪の状態を見て、通常の直線コースでななく下山コース側から小屋にきていた。こちらは途中の灌木帯に部分的に深めの雪はあるものの風は弱い。このため帰りはその下山コースを素直にてくてく歩いているうちに、あっさりと下山口に到着。時間に余裕があるのでそこから左に折り返し、昨日別れの挨拶をしたばかりの山頂標識(三角点ではない)に再び到着した。

DSCN1740

標識周辺は遮る物が何も無い広い吹きさらしなので、常に風が通るから雪も飛ばされてごく少ない。木道が見えるので歩くのにわけはない。

下山口から折り返してもういちど山頂標識へと向かう。

空を見た。軽い吹雪の雲の間から一瞬青いものが見えた。これはたぶん麓はまだ晴れているパターンではないだろうか。
風雪が弱まったところを見て、THETAを取り出した。全天球、つまり周囲の全てを一枚に写し取るために前後に合わせて二枚のレンズが飛び出ているこのカメラは、結局どっちに向けようがレンズに雪が当たるだろうから、悪天時の撮影は難しい。

しかし、もうあとは下界に帰るだけ。それにこの乾燥した軽い雪ならば、風に乗ってレンズ前をすり抜けてくれるかもしれない。

最初にこの場所に来た頃の私は、ピチピチで若々しく繊細で若干神経質な好青年だった(はずだ)。ところが今、時を超えて同じ場所にいるのは、名前は同じでも深刻な悩みだって三日で忘れるような男だ。かつてあれほど気になった交換レンズ内のゴミも、老眼で見えなくなって無視できるようになったし、今はその勢いで自分の目の中にあるゴミを無視できるように努力している最中だ。

今の私に残された小さな希望は、多くの先人たちからの学びと、あれから自身にも積み上がったささやかな経験だけだった。

私は風に背を向けると、最後のシャッターを迷わず押した。(完)
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特別付録「セルフタイマーに裏切られた男」


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