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元クライミングフォトグラファーのストラップの結び方

by RAISE11 0 Comments

ストラップ1他にやってる人がいるかは知りませんが、この結び方は知識として紹介しておきましょう。バックルが割れたり無くしたときにも使えるでしょう。緩んだりすっぽ抜けないように結ぶにはそれなりに慣れが必要で、推奨はしませんが、もしやりたい方はくれぐれも自己責任で、これでカメラを落としても私は一切関知しませんのでそのへんよろしく。

簡単に言えば、テープ結び(リングベンド)で、カメラの吊り環に直接テープを結んでしまう。テープがしっかり結べる素材で、結び目の緩みをチェックする習慣さえつければ固定は強力。ただし長さは調節できないが、これはネット界隈で俗に言われる三重折の「プロ結び」と同様。

テープ結びは平たいテープ同士を連結するときに使う結び方で、クライミングでは主に一本のクライミング用テープの両端を結んでテープスリングと呼ばれる輪を作る時に使われる。昨今はソウンスリング(テープをミシンで縫って連結した輪)が主流なので、若いスポーツクライマーにはこの結び方を知らない人もたまに存在するが、山ではダブルフィッシャーマンズノットやプルージックなどと同様に、知っていないとまずい基本的な結び方の一つと言える。

この結び方は表面に十分な摩擦力がある素材でできたテープで使えるが、一応注意だけしておくと、ダイニーマ(スペクトラ繊維)のように使ってはいけない素材も存在する。メリットは結び方が非常にシンプルで、カメラをバッグに仕舞ったときに、硬いバックルがカメラやレンズを擦ることが無い。バックルの破断を心配する必要がまったく無い。ベストの状態であれば固定が非常に強固なことなど。

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この二本のテープを一つのリングベンドで結ぶことで連結してしまう。カメラ側のテープが痛んだら、そちらだけ交換できる。

おまけでもう一つ応用編。

二本の別々のテープを一つの結び目で連結した結び方。キヤノンのEOSのように吊り金具の折り返し部分でストラップのテープが痛みやすいカメラの場合、この結び方だとカメラ側のテープが痛んできたら、そのテープだけを交換できる。

テープは強く結べばそれだけでそれなりに痛むからどちらにしろ寿命はあるのだが、ストラップのテープを直接結ぶよりは長く使えるような気がする。

 

 

これが出来上がり。

これが出来上がり。

デメリットとしては、三本のテープを結ぶので、結び目が大きくなることがあげられる。他にも少しでも緩んでいると解けやすいはずなので、最初に結び目を入念にしっかりと締めて、その後も使いながら締まり具合を確認したほうが良い。滑りやすいテープでは結べても滑って抜ける可能性がある、硬いテープでは結目がしっかり締まらず抜ける可能性がある。ストラップ側テープを内側に通すのか、外側に通すのかで強度が変わるかもしれない。などなどを正しく理解して使うかどうかを決める必要がある。

 

 

三枚目の写真はそのバリエーションで、カメラの吊り環側、三枚重ねのテープの真ん中に、ストラップ側テープの末端が挟まれてブラブラしない結び方。この結び方は実は結構難しいうえに強度も何とも言えないが、もし人間がぶら下がるならこれは絶対に使わないが、カメラなら使うといった感じだろうか(そもそもカメラ用テープじゃそこまで強く無いわけだが)。もしやるとしてもテープ結び(別名:リングベンド、テープヒッチ、テープノット、ふじ結び、等)を検索して、よく研究したほうがいい。通常のテープ結びでもそうだが、この結び方の末端(端で余ったテープ)は長めにとっておくこと。私はテープ結びでもバックルを使う場合でも、余った末端を熱収縮チューブを使ってまとめている(ただし収縮固定はしない、増し締めができるし)。

ストラップ4

ぶら下げるとこんな感じ。少し腹が出て見えるかもしれないが、食べ過ぎたのは最近続いたストレスのせいなので、ストレスを減らすために寿司を食べたからもう大丈夫だ。

ちなみに、私が近年愛用しているARTISAN&ARTISTの長さが自由に変えられるストラップ(Easy Slider ACAM-E38)は、テープ部分がとても短いので、カメラ直付けではテープ結びができず、二番目に紹介した連結法で結んでいる(もうちょっと長くならんかね、これ)。

もひとつちなみに、私は自分で結んだこの結び方なら、たとえライカであろうとも、ストラップを持ってハンマー投げの要領で振り回せる度胸があるが、普通のバックル式だったら絶対やれない。(あるのは度胸で強度とは言ってないぞ〜)

全天球カメラが変える風景写真

Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA

会津田代山登山道途中にある小さな湿原「小田代」(写真は昨年12月)、田代山頂上湿原(記事はこちら)から500mほどの場所にある。このときはガスが切れて晴れていた。太陽のすぐ右側奥の尾根に、チラッと白く見えているところが山頂の一部。

今回は全天球カメラ、RICOH THETA Sを雪山で使用してみて感じたこと。私は静止画でしか使用していないのでそれが前提で、前半はTHETA Sの使用感、後半は全天球カメラの注意点と可能性について。

露出
自動露出はよく練られた分割測光のようで雪山でも安定している。大抵の場合はそのままでも問題なさそう。

AWB
場の雰囲気を残せてかなり優秀だと思う。周囲を全て写し取るおかげで、逆に普通のカメラのAWBのように、ちょっとしたフレーミングの違いで結果が大きく異なる心配は、あまりしなくて済みそうだ。

しかし…
ここまでは記念撮影レベルでのお話し。夕景や雪山の日陰など、色温度設定の難しい条件で、真面目に記憶色を再現したいと考える人や、作画意図に合わせて画像をコントロールしたい人は、RAW記録の必要性を感じるだろう。

全天球カメラの場合、アウトドアでは高輝度の太陽から暗い日陰まで、周囲のすべてが一枚の画像に写り込むため、画面内の輝度差が大きく、JPEGからでは露出や色の軽い調整でも、調整可能な幅が通常画像よりも実感としてかなり狭い。また調整によっては画像の繋ぎ目に色がつき、浮き出てしまうこともある。先ごろのファームアップでHDRには対応したが、RAW記録にもぜひ対応して欲しい、次機種でもいいからこの点には強く期待したい。

操作性
Wi-Fiを使わないスタンドアロンの状態では全自動のみだから、操作性も何も無し、レリーズボタンを押すだけ。ツライチのレリーズボタンは素手向きで小さく、手袋をしたままではうまく押せない。位置もほぼ親指専用で、人差し指で押したい私にはかなり押しにくい。ケーブルレリーズが無いことが残念。

しかし…
スマホ等とWi-Fi接続しないと設定変更ができないのはやはり不便。デジタルガジェットとして外観デザインにこだわるのもいいが、バッテリー残量やメモリーの状態がいつでも一目で分かるインジケーターが本体にあるといいし、せめてmicroSDXCは使えるようにして欲しい。

外部機器との連携
・現状では基本スマホとしか連携できない。スマホだけでなくPC/Macでの操作やカスタマイズも可能にして欲しい。(Windowsタブレットも含む)

・スマホを使わずにボタンを押すだけの、ケーブル式かワイヤレスの単体レリーズが絶対に欲しい。簡易的でいいからタイマーレリーズやいわゆる 2秒レリーズ機能がついているとなおいい。スマホだけに頼る現状は非常に不便。そもそもスマホアプリのボタンは当然手探りでは位置がわからず、撮影者は常に位置を気にしているから、三脚に据えたり自撮り棒につけて自分も映り込む撮影では、撮影者が下を向いてスマホを凝視していたり、目が泳いでいたりと変な画になりがち(笑)。(※先日本体にセルフタイマー機能が追加されたので、このへんは少しだけ楽になりそう)

・パソコンとの有線接続は、簡単にストレージモードに切り替えられるようにしてほしい。ソフトを通すよりもオリジナルデータを目視で直に扱うほうがトラブルが少ない。ストレージモードで繋ぐことは現在でも可能だが裏技操作が必要でいちいち面倒。

・譲渡や廃棄の場合を考えて、本体のデータを確実に消去する手段をメーカーが提供するか案内したほうがいい。それが面倒ならやはりメモリーカード式にすれば話は簡単。

UI全般
またこれは最近のスマホやタブレットを意識したOSやアプリと同じ傾向だが、アプリもホームページもUIを簡略化しすぎて理解が難しい。このへんに、おもてなし精神が希薄な米国iT業界の影響を感じざるをえない。個人的に「マーケティングが海外志向すぎるのでは?」と思っている。

それと、TwetterかFacebookに登録していないと使えないシステムはダメ。世の中には私のようにSNS嫌いの人間が今も大勢いるので。

※私はけしてこうしたものに弱いわけではなく、前世紀からインターネットをフル活用しているような人ですが、SNSは情報収集にしか使わず、Twetterが「馬○発見器」と言われるようになる前から、いち早くその可能性に気づき、発見されないよう見るだけにしている。

これまで経験したトラブル等

○水平の問題
撮影時にカメラが傾いていたとき、傾きが記録されているので、本来ならビュアー側で補正されるはずなのだが、ある程度以上傾いていると補正しきれない場合があるようだ。公式サンプルにも同じように歪んだものが見られる。また、稀に補正そのものがされない場合もある。

○Wi-Fi
登山途中でWi-Fiがうまく繋がらなくて、リモートレリーズができないときがあった。おそらく周囲数キロにわたって誰もいなかったはずで電波干渉は考えられないし、低温のせいかと思ったが、もっと寒い山頂ではスムーズに繋がったので原因は不明。

○充電
モバイルバッテリーと相性があるらしく、まったく充電できないものもある。よくあるアンペアの問題とも違うようで、充電開始のタイミングに癖があるのかもしれない。旅行等に持って行く前には手持ちのバッテリーとケーブルで事前にテストをしたほうがいい。

○ケース

2THETA Sの付属ケース(シース)は、冗談みたいだがサイズが小さくて本体が入らない。ネット上のレビューでは他ユーザーも同じようで、今の所は別のものが必須だが、市販品の大抵はデザイン優先で、レンズをしっかり保護し、不用意に本体が抜けないが、取り出したいときには簡単に取り出せるという、アウトドアでの使用に耐えそうなものはほぼ見当たらない。今の所100円ショップでも見かけるネオプレイン風の小物ポーチが使い易い。

○PCサイト
現状のtheta360.comはとてもわかりにくい。先にも書いたがデザイン重視で理解しにくく、リンクをたどってでは必要なサポート情報にたどり着けなかったため、Googleで検索したらあっさり出てきた。これも最近の米国メーカーのサポートサイトなどでよくある現象。悪いところまで真似しちゃいけない。

総評と今後の期待
THETAシリーズは画質が向上したSの登場で、旧型までの「新しい玩具」的な立ち位置から、今後は新ジャンルの表現ツールとして、またすでにあるように不動産のバーチャル内見のような産業用途に至るまで、ユーザー先行で進化していくと思う。

最近続々と発表されている競合製品と比べても、「携帯性」と「手持ちで撮り易い」という点で、山岳用途には抜きん出た存在だ。それだけにレリーズが無い、まともなケースが無いなど、残念な部分は早急に改善してほしい。

全天球カメラがまだニッチなツールである以上、メーカーがそうした尖ったユーザーの要望に、いかに丁寧に対応できるかが、競合製品との競争に勝てるかどうかの鍵だ。この点はアクションカムの出だしの頃に似ている。なぜ既存の大手メーカーではなく、GoProがスタンダード化したのかを考えれば今後の道標になると思う。メーカーの努力に期待している。

風景の視点選びと撮影のコツ
写真撮影からフレーミングを無くすということは、ときに写真家の存在意義を毀損しかねない困ったことでもあるのだが、それだけに場の雰囲気をそのまま素直に伝えるには、これ以上のものは今のところ他に無いだろう。

しかし実際に使うと、どこで撮るか? どの高さで撮るか? の違いで、得られる画が下手なフレーミングの違いよりも大きく変わることがわかる。この点で特に自然撮影では写真家の存在意義はこのカメラでも大きい。
遠くの被写体を狭い範囲に作為的に切り取る通常の風景写真では、視点の高さの僅かな変化は、写真を見る側にとっては、あまり意識されない一要素にすぎないが、写真の構成要素がほとんど「視点の場所と高さ」しかない全天球カメラでは、この高さの僅かな違いが全体の印象を大きく左右する。

実際の撮影で注意する点としては、たとえ風景でも見晴らしを良くしようとカメラの位置を頭よりあまり高く上げすぎると、不自然な画像になりやすい。一般的にはやはり人間の視点の高さから大きく離れないほうが、見る側に違和感を感じさせないで済むようだ。

かといって、山岳風景の場合は視点が人間の背丈程度に低いと、どうしても山が上すぼまりになって、肉眼で見るよりも、大きさや山と山の重なりなどがわかりにくくなる。(例:ウメコバ沢の一枚目)この点を根本的に解決するには、向かいの山に登るとか超長い一脚にでも付けるか、はてはドローンで飛ばすとか、物理的に視点を高くする以外に方法は無いかもしれない。ただこれにも視点が高い空間に浮くという違和感がつきまとう。

これがもし風景写真の主流になってしまえばわからないが、そうで無い今は見る側にとっては「空撮」の印象になってしまうだろう。そもそもドローンが思い切り写り込んでしまうし、下には何もない。「地に足がつかない」感覚を、見る側がどう受けとるかは、現状ではまだ未知数な部分がある。

そうした特殊な手段を使わずに、地面に立ったままで、こうしたパースに関係する違和感を少しでも緩和する簡単で実用的な手段としては、少し離れたところに人や誰もが大きさを知っている物体を写しこむことだ。これにより見る側が全体の大きさや距離感を推察しやすくなり、写真から受ける不確定(もしくは不安定)な印象が薄くなるうえに、次に説明するように写真にリアリティを生む。

そのままではリアリティが薄い
全天球カメラを使って、あらためてわかったことがある。
これまでの風景写真では、画面から撮影者の存在は可能なかぎり排除されてきた。しかし実際には、見る側に常識的に「撮影者の視点で撮られている」という前提があったことで、写真そのもののリアリティが補完されていた。

つまりその場所を選び切り取ったのが人間であり、画面の外には撮影者がいると誰もがわかっているから、写真から受ける印象も実際に写っている以上に現実的=リアルに感じるということだ。もう少し簡単に言い換えれば、そこに撮影者の作為があると見る側も承知していることが、写真から生々しさを感じる結果になっていた。

全天球カメラの画像は、従来の写真と比べた場合、フレーミングという大きな作為が無いため、人が陰に隠れて写り込んでいない場合は、見る側にとっての視点は限りなくいわゆる”神の視点”に近づく、そのせいか画面に人や動物のような、生きて動いているものの一切入っていない画像は、リアリティが奇妙なほど薄い。

たとえ生き生きした緑が写っていたとしても、ゴーストタウンを見ているような感覚に陥ることさえある。ところが画面に人(たとえ頭のてっぺんだけでも)が入ることで、同じ風景でも急にリアリティが生まれる。

昨今、巷で全天球カメラを使う人で、一生懸命自分が映らないように影に隠れている人をたまに見かけるが、もし特別な意味が無いのなら、そう無理をしないでいいと思う。むしろ普段は積極的に写りこんだほうがいい。私みたいに写真家なのに撮られるのが苦手な人にはこれは困ったものだけど(笑)。

地味だが非常に大きな革命
こうした意味で、全天球カメラによる風景写真は、撮影者の存在を可能なかぎり排除してきたこれまでの風景写真とはまったく異なり、撮影者が積極的に風景の一部になることが望ましい、常識を変える写真なのかもしれない。

(2016 7月追記: 先日のファームアップでTHETA SがケーブルスイッチCA-3に対応、さすがRICOH。)

ハードディスク奏法、ていうかほぼ宴会芸

by RAISE11 0 Comments

以前、弦飛びトレーニングとして私がやっていたエクササイズ。
前回、動画のテロップで、手首を浮かせれば「相当理不尽な弦飛びにも対応できる」と書いたので、どんな感じか一応実演。我ながら見事な棒弾きだがトレモロ奏法の名曲「アルハンブラの思い出」のほんのサワリだけ。

これ以上テンポを速くすると今の私ではマシンガンぽくなって、アルハンブラの何だかわからなくなるんでやめた。暇人なら練習で対応可能。ちなみにギターは持運び用の浅胴なのでしょぼい音は勘弁ね。

スチール弦ならロールピッキングが使えるのでだいぶ楽。エレキでディストーションを使うならおそらくブリッジミュートになるので、相当な速弾きも可能だと思うが、たぶんやる意味がない、だってロックにはちょっと暗いしこの曲(笑)。

右手の技術的には、単純なストリングスキッピングの連続で、私は勝手に「ハードディスク奏法」と呼んでいる。速く弾くとHDDのヘッドの動きにそっくりなんで。

トレモロをフラットピッキングでやる場合は、高音弦の3音トレモロをアップピッキングで始めれば、低音弦に合理的に帰ってこられる。無理にテンポを速くすると、うまく弾けたように思えても、後で聴くと3音のトレモロが2音になっていたり、ベース音を2回弾いていたりと粗がわかるので録音するのがオススメ。

一見、簡単そうに見えるが、低音弦をミュートしないままで、ミスピッキングなしでトレモロをしっかりと弾くのは案外難しい。

もともと一曲通すとしたら相当根を詰めて練習しないといけないうえに、指弾きと違って低音もトレモロも一枚のピックでやるため、「トレモロを強くするとベースも強く、弦を素早く飛ばそうとすると、音が硬くてパキパキに…」という棒弾き状態になりがちで、感情表現がとっても困難。フラットピッキングでセゴビアやイエペス並のスピードで弾くのはまず無理と考えたほうがよさそう。

あげくこれ以上先まで弾くと、だんだん「ああ、俺の人生って何だったんだろう…」的なモードに入るので神経が繊細な私には辛い(笑)。 クラシックの人はよく平気だよね、短いけど終盤の希望に達する前に、すっかり気持ちがド〜ンと落ちる(笑)。

ナイロン弦専用のフラットピッキング

by RAISE11 0 Comments



上があまりにヨタヨタなので、オマケを追加。コード譜すら見ずに目をつぶって音だけでアドリブする私が、何を考えて弾いているのかがわかります、わかってどうする(笑)。

個人的に、ナイロン弦のフラットピッキングはスチール弦のものとは技術的に別物と考えている。ナイロン弦,ピック,ピック弾き

ナイロン弦はスチール弦よりテンションが弱く、一度ハジいたあと、まだ弦が大きく振動しているうちは再びピックで正確に捉えることが難しい。常に一方向から高速で振り抜くクラシックのアポヤンドやフラメンコのピカードのような指弾きであれば、この点はクリアできるのだが、ナイロン弦の速弾きを往復運動のフラットピッキングでする一番手っ取り早い方法は、弱く弾いて弦の振幅を小さく、弦離れを良くすることだ。

今の一般的なエレキギタリストが、たまにナイロン弦のいわゆるエレガットを弾くときは、多くの人はこのやり方でやっているように見える。エレガットであれば生音の小ささはあまり問題にならない。

だがそれでは、速く弾けば音が弱く、強く弾けばスピードが遅くなる。そして鋭くハリのある音は出ない。

弦の上をかするだけでもそれなりの音が出るスチール弦と違い、ナイロン弦ではピックの先端を弦の下に深く突っ込んでしっかりハジかないと、ボリュームとアタックのある良い音にはならない。しかしそうすると弦の抵抗が大きく振幅も大きいから、速く弾くことは難しくなる。

エレキではよくある、弦にピックを斜め急角度に当てて親指の回転でコジるタイプのピッキングも、ナイロン弦ではピックと弦の樹脂同士がこすれる音がキュルキュルと鳴り、音が良くないし音量も出ない。

そもそも、なぜ私がナイロン弦で速く弾きたいのか?といえば、明確な意図があって、それがパッション(情熱/激情)の表現に適しているから。私にとってはそれがエレキでも生ギターでも情熱の無い速弾きは無意味だ。情熱に溢れたフラメンコギターのピカードと闘える速くても強く鋭い生音を、フラットピッキングで得るにはどうすればいいのか? 当時私の知る範囲でこの点の参考にできるギタリストは、やはり最高峰John McLaughlinだった。しかし私は弦飛びにもこだわっていたので、御大と同じスタイルでは、極東アジア人の手の大きさではかなり無理がある。それで結構長いこと試行錯誤を繰り返した。この結果、エレキのように手を真横に痙攣させるのではなく、ピッキングフォームを根本的に変えて、手首を浮かせて回転させて弾く、ナイロン弦専用のスタイルにたどり着いた。

これには少なくとも、一曲全部をフォルテで弾き通せるような、強く持久力のあるピッキングができないといけないから、昨今エレキで流行のピックを軽く持つスタイルではなく、ピックを年末ジャンボの当たりくじだと思って、絶対離さないようにしっかりと持つ必要がある。これで手首を回転させて、各弦でトレモロを練習する。

その昔、Edward Van Halenのハミングバードピッキングにハマった人でもないかぎり(ちなみに昔試した時はうまく出来なかった気がする)、最初はしょっちゅう引っかかるから、手首の角度を変えて、一番難しい5~6弦でできるようになり、さらに思った弦にすぐ飛べるようになるまで練習を繰り返す。同時に弦飛びの激しいアルペジオも練習するといい。(※毎日練習して、たぶん最低2年程度は覚悟したほうがいい、若い人はもうちょい早いかも?)

経験がない人が手首を浮かせると、最初は「これ、本当にできるようになるのかな?」と思うのが普通だと思う。実際最初は私もそうだったが、私の場合は昔のジャズギタリストにフローティングスタイルの人が結構いることを知っていたので、「不可能」とは思わずに済んだのが幸いした、偉大な先人には本当に頭が上がらない。ついでに言えば人と違うことをやりたがる性格も幸いしたと思う(笑)。

この4~5年はナイロン弦ばかり弾いていたので、さすがに飽きてここしばらくエレキを弾いていたら、案の定ナイロン弦のピッキングがすっかり弱くなって、綺麗に音が出ないのにはまいった。

よたよたのデモ演奏の割に能書きが長いのは何が言いたかったのかと言うと、同じギターに見えるけど、弦が違うと楽器も違うものになって、それぞれに向いた弾きかたがあるよ、ということ。

ウメコバ沢

ウメコバ沢 – Spherical Image – RICOH THETA


 16年3月中頃。全景を見せようとすると迫力がイマイチ…上流はミックス(雪と岩が混ざっている)部分のほうで、上流を向いて右側、左の突起の向かいに聳えるのが中央岩峰。冬季にアイスクライミングの対象となる滝はまだ少し上流で、ミックス部分の中にあり見えないが、この時期には融けて崩れている。
※もし画面が真っ黒になる方はブラウザを再読み込みしてみてください。それでダメなら左下のTHETAロゴをクリック。

最近は松木渓谷と呼ばれているようだが、若い頃から「松木沢」と呼んでいたので、そのほうが私にはしっくりとくる。かつては冬のアイスゲレンデとして名高く、夏もトラディショナルな山岳登攀の入門ゲレンデとして、北関東近県のクライマーには良く知られた存在だった。

この渓谷に流れ込む沢の中で、ウメコバ沢は通常クライミング対象になる沢としては最も奥に位置する最も大きな支流だ。沢に入れば両岸に登攀対象になる岩壁と岩稜がドカーンと聳える日本離れした異景なのだが、わずかとはいえ入り口の細い滝の周辺を登攀しないと入れないことから、クライマー以外は特に訪れる人の少ない沢だ。というか、そのクライマーの間でも今の松木はあまり人気があるとは言えないエリアである。

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16年2月後半頃のウメコバ沢出合、暖冬で雪も氷も少ない。左右は壁、正面には7m程度の滝があるが、この場を超えないと素直に沢には入れない。この滝は現在フィックスが架かっているものの、岩がとても脆いので私は岩が出ている時はここを登らず、帰りに持参のロープで懸垂下降する。登りは私の左後ろに見える水が落ちている左脇からグルッと巻くのが比較的楽だ。(山岳グレードで3mのチョロい三級→二級のちょい怖いへつり(氷があるとヤバい)→三級+か四級で3m程度のチムニー瞬間芸)

時代の趨勢が山岳登攀からフリークライミングへと移って久しい現在。脆い岩が多く昔懐かし山岳登攀の要素の濃い松木渓谷の岩場を訪れる人はそれほど多くない。しかもン十年前までは一番アプローチの近いジャンダルムのすぐ手前まで車で入れたのだが、今は当時よりも1時間ちかく手前の銅親水公園脇に電波式ゲートができてしまったため、訪れる人は余計に少なくなったようだ。

そんなわけで、マイナーな存在のアルパインクライマーの間でもマイナーな場所なので、ここがどんなところかを自分の目で見た人は相当限られるだろう。
であれば雰囲気だけでもどうぞ…ということで、冒頭にウメコバ沢の全天球写真を公開(たぶん世界初?)。左右の岩場の見えている部分の奥に、尾根に向かってまだまだ岩稜が連なっているのだが、視点が低いのでわからないところが残念。

日本全国津々浦々には、道路脇の小さな岩にすら名前がついていて、それをかなり無理ゲーで観光スポットにしているところがたくさんあるというのに、ここの有り余る岩と特異な風景はクライマーを含めたごく限られた人々にしか知られず、何十年も堂々と…かつひっそりと存在している。

と言っても、ここまでの道のりが弛まない落石と崩落によるガレ場だらけで、年々崩壊が進んでいる状況なのだから、観光用に整備しようとしたら、よほどの大規模工事でもしないとどうにもならないのが実際のところだろう。
しかし主たる観光資源が庚申山周辺と銅山観光にほぼ限られたこの地において、これがこのままなのは、ちょっともったいない気がするのも正直な気持ちではある。(静かなここは好きなんだけど。)

天空の湿原にさようなら。

Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA

前回の続き、というかおまけ。(12月の話し)

「ほらね、大丈夫だったっしょ」(↑)

翌日の午前の山頂は-10度ほどだった。高床で木造の小屋の中は、前夜結局-7〜8度までしか下がらなかった。はるか昔だが、この山の栃木県側のずっと標高の低い谷底で、-20度近くまで冷えた夜を経験しているので、暖冬とはいえちょっと拍子抜けした。

昨夜、山屋旧世代の伝統に則り、わざわざ担ぎ上げた日本酒と笹かまで小屋呑みをしていると、夜半から静かに雪が降り出した。来る前の情報でも明日の天気は下り坂だった、風はまだない。

降雪で自分のトレールが消されると、湿原内をまたゾンデ歩行(前回参照)しないといけないのが気がかりだった。小屋は湿原を渡りきったところにあるので、下山するためには湿原をもう一度全部横切らないといけない。あれを吹雪の中でもう一度やるのはできれば勘弁してほしい。それだけこの天空の湿原は広い。

何回目かの眠りに落ちるころ、外の風の音がときどき耳に入るようになった。窓を覆う冬囲いのあたりから、定期的に「カタカタ」と音がする。「このまま強くならなければいいが…」と思ったものの、ここではなるようにしかならない。

もし本格的な吹雪になったらどうせ撮影は無理だから、状況が悪くなったときの早出も視野に入れながら、意識が消えるまでの間、一人の静かな時間を楽しんだ。この避難小屋は関係の方々によって綺麗に手入れされているお堂でもあるため、すこぶる快適だ。

 

朝、小屋のある森の中は、遠くで鳴る風の音を聞かなかったことにすれば、とても静かだった。むくつけき男の高いびきに一晩悩まされたかもしれない弘法大師さまにお礼をし、小屋を掃除して注意書き通り丁寧に冬囲いを戻すと小屋を後にする。

2

膝上のラッセル跡が残る森を抜け湿原に出ると、前日の自分のトレールは綺麗に消えていた。ガビ〜ン!

天気は乾いた軽い雪に風が吹いたり弱くなったりを繰り返すような状態だ。予報通りといえばそうだが、崩れるのが予想より半日早い感じか。どちらにしても視界が悪くなるほどの吹雪ではない。

幸い少し進むと、途中の灌木帯が風を遮ったようでそこから前日のトレールが残っていた。前日は積雪の状態を見て、通常の直線コースでななく下山コース側から小屋にきていた。こちらは途中の灌木帯に部分的に深めの雪はあるものの風は弱い。このため帰りはその下山コースを素直にてくてく歩いているうちに、あっさりと下山口に到着。時間に余裕があるのでそこから左に折り返し、昨日別れの挨拶をしたばかりの山頂標識(三角点ではない)に再び到着した。

DSCN1740

標識周辺は遮る物が何も無い広い吹きさらしなので、常に風が通るから雪も飛ばされてごく少ない。木道が見えるので歩くのにわけはない。

下山口から折り返してもういちど山頂標識へと向かう。

空を見た。軽い吹雪の雲の間から一瞬青いものが見えた。これはたぶん麓はまだ晴れているパターンではないだろうか。
風雪が弱まったところを見て、THETAを取り出した。全天球、つまり周囲の全てを一枚に写し取るために前後に合わせて二枚のレンズが飛び出ているこのカメラは、結局どっちに向けようがレンズに雪が当たるだろうから、悪天時の撮影は難しい。

しかし、もうあとは下界に帰るだけ。それにこの乾燥した軽い雪ならば、風に乗ってレンズ前をすり抜けてくれるかもしれない。

最初にこの場所に来た頃の私は、ピチピチで若々しく繊細だが若干神経質な好青年だった(はずだ)。ところが今、時を超えて同じ場所にいるのは、名前は同じでも深刻な悩みだって三日で忘れるような男だ。かつてあれほど気になった交換レンズ内のゴミも、老眼で見えなくなって無視できるようになったし、今はその勢いで自分の目の中にあるゴミを無視できるように努力している最中だ。

今の私に残された小さな希望は、多くの先人たちからの学びと、あれから自身にも積み上がったささやかな経験だけだった。

私は風に背を向けると、最後のシャッターを迷わず押した。(完)
(で先頭に戻る)

5

特別付録「セルフタイマーに裏切られた男」

一つの宿題の終わり

Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA


12月ももう終盤に入っていた。それなのに麓では少し前に一度積もった雪もほとんど溶けてしまっている。アプローチの雪も相当少ない。だがそれでも登山口の手前からすでに先行者のトレールはなかった。しばらく誰もここには入っていないらしく、残されていたのは大小の動物の足跡だけだった。

他人のトレールの無い純粋な雪山登山。これはその時の心算によって幸運にも不運にもなるのだが、どちらにしても完遂できれば、山ヤの端くれとしてはこの上ない大きな嬉びだ。
最後の急登を終え木の間を抜けた。すっきりした雪の斜面にでて、そこをほんの少し登ると、突然手品のように広い雪原が現れた。

雪原の縁から、いきなり急斜面が削げ落ちていく、この雪原の下はすべて湿原だ。標高2000m近い山の山頂すべてが、まあるく広い湿原なのだ。
写真:湿原の縁から削げ落ちる山肌

会津田代山の冬季登山に最初にトライしたのはもう27年も前になる。そのときはかなり間抜けなアクシデントに遭って途中で断念した。その後は無雪期や残雪期に何度か登っているものの、冬季はたしかそれきりだったと思う。
今回は、どうしても冬の山頂湿原の全天球写真を撮りたいと思い、前モデルより格段に画質が向上したと評判のRICHO THETA Sを手に入れて家を出た。

福島県は、山脈と高地によって隔てられた、気候も文化も違う三つの地域で構成されている。中でも日本海側の豪雪地帯寄りに位置する会津地方の山々は、無雪期なら日帰りできる比較的手頃な山が多いにもかかわらず、積雪期には登山口へと続く長い林道のほとんどが雪に埋まるため、雪が締まる前の厳冬期は特にチャンスが少ない。だから麓に雪の少ない年は狙い目だ。
DSCN1683

他の新しい機材の試験やら今季の足慣らしの意味もあって、この山にはどう考えても使いそうにない装備まで背負ったくせに、出がけに当然あると思い込んでいたワカンがどうしても見つからず、結局はツボ足で登ることになった。

これもあって、頂上が見え始めることから無雪期なら「もう着いたも同然?」と何度登ってもついうっかり思ってしまう最後の500mに、たっぷり1時間20分はかかり、全体で無雪期の倍近くの時間がかかったものの、すべて自力ラッセルで頂上湿原まで到達した。
 まだ雪が柔らかく、ツボ足では踏み抜きやすい。このため湿原内では片方のスノーバスケットを外しゾンデ棒として細い木道を探る。これが時間がかかる。

若いころからの長い長い宿題の一つを終えたことを実感したのは、避難小屋で飯を食って一息ついたときだった。それまで頂上に達することと撮影することばかりを考えていて、この登山が宿題だったことをほとんど忘れていた。

あれから長い時間が過ぎた。当時と違って小屋は新しく快適になり、時期によっては綺麗なトイレも使える。麓の集落まで新しい道路が開通し、事実上混浴だった共同浴場も男女別になったらしい。林道はいつの間にか県道に格上げされ、入り口手前までは携帯電話で通話もできるし、もし忘れ物をしたらスマホでAmazonに注文さえできる。(受け取れるコンビニはまだ無いけれど)

舗装化が進むとともに、都会の常識も道の奥まで浸透した。河原の思い出のキャンプサイトは消滅し、かつてあれほど花を咲かせたバイクや車による林道ツーリング文化も、今はすっかり廃れてしまった。

そして親の世代が子どもらに、その場の自然物を利用して生きる心得を伝える機会だったキャンプや芋煮会も、その多くは自然の河原から、板の壁が布に変わっただけの快適なキャンプ場での真似事に変わってしまったみたいだ。

でも、記憶の中のあの湿原は、今もこの山頂にある。

他に人は誰もいない雪の頂で、
「私たちの世代が消えていなくなった後も、長くこのままであってほしい」
私はそう強く願った。