16年3月中頃。全景を見せようとすると迫力がイマイチ…上流はミックス(雪と岩が混ざっている)部分のほうで、上流を向いて右側、左の突起の向かいに聳えるのが中央岩峰。冬季にアイスクライミングの対象となる滝はまだ少し上流で、ミックス部分の中にあり見えないが、この時期には融けて崩れている。
最近は松木渓谷と呼ばれているようだが、若い頃から「松木沢」と呼んでいたので、そのほうが私にはしっくりとくる。かつては冬のアイスゲレンデとして名高く、夏もトラディショナルな山岳登攀の入門ゲレンデとして、北関東近県のクライマーには良く知られた存在だった。
この渓谷に流れ込む沢の中で、ウメコバ沢は通常クライミング対象になる沢としては最も奥に位置する最も大きな支流だ。沢に入れば両岸に登攀対象になる岩壁と岩稜がドカーンと聳える日本離れした異景なのだが、わずかとはいえ入り口の細い滝の周辺を登攀しないと入れないことから、クライマー以外は特に訪れる人が少ない沢だ。というか、そのクライマーの間でも今の松木はあまり人気があるとは言えないエリアである。
16年2月後半頃のウメコバ沢出合、暖冬で雪も氷も少ない。左右は壁、正面には7m程度の滝があるが、この場を超えないと素直に沢には入れない。この滝は現在フィックスが架かっているものの、岩がとても脆いので私は岩が出ている時はここを登らず、帰りに持参のロープで懸垂下降する。登りは私の左後ろに見える水が落ちている左脇からグルッと巻くのが比較的楽だ。(山岳グレードで3mのチョロい三級→二級のちょい怖いへつり(氷があるとヤバい)→三級+か四級で3m程度のチムニー瞬間芸)
時代の趨勢が山岳登攀からフリークライミングへと移って久しい現在。脆い岩が多く昔懐かし山岳登攀の要素の濃い松木渓谷の岩場を訪れる人はそれほど多くない。しかもン十年前までは一番アプローチが短いジャンダルムのすぐ手前まで車で入れたのだが、今は当時よりも1時間ちかく手前の銅親水公園脇に電波式ゲートができてしまったため、訪れる人は余計に少なくなったようだ。
そんなわけで、マイナーな存在のアルパインクライマーの間でもマイナーな場所なので、ここがどんなところかを自分の目で見た人は相当限られるだろう。
であれば雰囲気だけでもどうぞ…ということで、冒頭にウメコバ沢の全天球写真を公開(たぶん世界初?)。左右の岩場の見えている部分の奥に、尾根に向かってまだまだ岩稜が連なっているのだが、視点が低いのでわからないところが残念。
日本全国津々浦々には、道路脇の小さな岩にすら名前がついていて、それをかなり無理ゲーで観光スポットにしているところがたくさんあるというのに、ここの有り余る岩と特異な風景はクライマーを含めたごく限られた人々にしか知られず、何十年も堂々と…かつひっそりと存在している。
と言っても、ここまでの道のりが弛まない落石と崩落によるガレ場だらけで、年々崩壊が進んでいる状況なのだから、観光用に整備しようとしたら、よほどの大規模工事でもしないとどうにもならないのが実際のところだろう。
しかし主たる観光資源が庚申山周辺と銅山観光にほぼ限られたこの地において、これがこのままなのは、ちょっともったいない気がするのも正直な気持ちではある。(静かなここは好きなんだけど。)