前回の続き、というかおまけ。(12月の話し)
「ほらね、大丈夫だったっしょ」(↑)
翌日の午前の山頂は-10度ほどだった。高床で木造の小屋の中は、前夜結局-7〜8度までしか下がらなかった。はるか昔だが、この山の栃木県側のずっと標高の低い谷底で、-20度近くまで冷えた夜を経験しているので、暖冬とはいえちょっと拍子抜けした。
昨夜、山屋旧世代の伝統に則り、わざわざ担ぎ上げた日本酒と笹かまで小屋呑みをしていると、夜半から静かに雪が降り出した。来る前の情報でも明日の天気は下り坂だった、風はまだない。
降雪で自分のトレールが消されると、湿原内をまたゾンデ歩行(前回参照)しないといけないのが気がかりだった。小屋は湿原を渡りきったところにあるので、下山するためには湿原をもう一度全部横切らないといけない。あれを吹雪の中でもう一度やるのはできれば勘弁してほしい。それだけこの天空の湿原は広い。
何回目かの眠りに落ちるころ、外の風の音がときどき耳に入るようになった。窓を覆う冬囲いのあたりから、定期的に「カタカタ」と音がする。「このまま強くならなければいいが…」と思ったものの、ここではなるようにしかならない。
もし本格的な吹雪になったらどうせ撮影は無理だから、状況が悪くなったときの早出も視野に入れながら、意識が消えるまでの間、一人の静かな時間を楽しんだ。この避難小屋は関係の方々によって綺麗に手入れされているお堂でもあるため、すこぶる快適だ。
朝、小屋のある森の中は、遠くで鳴る風の音を聞かなかったことにすれば、とても静かだった。むくつけき男の高いびきに一晩悩まされたかもしれない弘法大師さまにお礼をし、小屋を掃除して注意書き通り丁寧に冬囲いを戻すと小屋を後にする。
膝上のラッセル跡が残る森を抜け湿原に出ると、前日の自分のトレールは綺麗に消えていた。ガビ〜ン!
天気は乾いた軽い雪に風が吹いたり弱くなったりを繰り返すような状態だ。予報通りといえばそうだが、崩れるのが予想より半日早い感じか。どちらにしても視界が悪くなるほどの吹雪ではない。
幸い少し進むと、途中の灌木帯が風を遮ったようでそこから前日のトレールが残っていた。前日は積雪の状態を見て、通常の直線コースでななく下山コース側から小屋にきていた。こちらは途中の灌木帯に部分的に深めの雪はあるものの風は弱い。このため帰りはその下山コースを素直にてくてく歩いているうちに、あっさりと下山口に到着。時間に余裕があるのでそこから左に折り返し、昨日別れの挨拶をしたばかりの山頂標識(三角点ではない)に再び到着した。
標識周辺は遮る物が何も無い広い吹きさらしなので、常に風が通るから雪も飛ばされてごく少ない。木道が見えるので歩くのにわけはない。
下山口から折り返してもういちど山頂標識へと向かう。
空を見た。軽い吹雪の雲の間から一瞬青いものが見えた。これはたぶん麓はまだ晴れているパターンではないだろうか。
風雪が弱まったところを見て、THETAを取り出した。全天球、つまり周囲の全てを一枚に写し取るために前後に合わせて二枚のレンズが飛び出ているこのカメラは、結局どっちに向けようがレンズに雪が当たるだろうから、悪天時の撮影は難しい。
しかし、もうあとは下界に帰るだけ。それにこの乾燥した軽い雪ならば、風に乗ってレンズ前をすり抜けてくれるかもしれない。
最初にこの場所に来た頃の私は、ピチピチで若々しく繊細で若干神経質な好青年だった(はずだ)。ところが今、時を超えて同じ場所にいるのは、名前は同じでも深刻な悩みだって三日で忘れるような男だ。かつてあれほど気になった交換レンズ内のゴミも、老眼で見えなくなって無視できるようになったし、今はその勢いで自分の目の中にあるゴミを無視できるように努力している最中だ。
今の私に残された小さな希望は、多くの先人たちからの学びと、あれから自身にも積み上がったささやかな経験だけだった。
私は風に背を向けると、最後のシャッターを迷わず押した。(完)
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特別付録「セルフタイマーに裏切られた男」